日本の古典いろいろ

万葉集 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
56番「つらつら椿」らへんで、七五調の語感のよさは、歌の文化が文字よりも古いからなのかもとふと思った。喋り言葉と書き言葉の違いは大きい。歌それ自体よりも、天皇から庶民の作まで網羅した業績に恃んで、作者未詳歌や伝承歌あたりから、六世紀頃の人々の生活風景が見えないかと期待してみたんだけど…このレーベルには荷が勝ちすぎたかな(´-ω-`)拾える部分もそれなりにあったけど。楽しく読んだことは確かなので、他の万葉集本にもあたってみます。柿本人麻呂の挽歌と謎、高橋虫麻呂の伝承歌が気になる。

雨月物語・浮世床・春雨物語・春色梅暦 (日本古典文庫)
雨月物語【白峰】儒教と仏教を否定し、素直な心で施政を、という旨の崇徳院の言葉が印象的。【菊花の約】重陽の節句は男色と関わるし、義兄弟の契というのも衆道として読んでいいのかな。命の使い方、死の美学を見る思い。【蛇性の淫】白話小説なら人外の嫁と子を成して団円も珍しくないのに、本朝では悲劇に終わるものばかりなのは何故なのか。【貧福論】金の精というのが面白く、一番楽しく読んだ。金銭の多寡と人品の善し悪しに関わる会話が印象的。他の話も読み応えがあって引き込まれた。春雨物語、浮世床も面白い。春色梅暦のみ未読。

宇津保物語・俊蔭 全訳注 (講談社学術文庫)
タイトル通り<俊蔭>巻に特化した内容、あて宮については小匙1杯程度の触れ方。各章は原文・語釈・余説の構成、うち語釈は学生さんに有り難い懇切丁寧さなので今回は流し読み。余説は読み応えがあり面白かったけれど、仏教(特に大乗仏教・浄土宗)についてある程度おさえておかないと厳しいかも。その他には最近読んだ「竹取物語」との比較が多く、むしろそちらの講義を受けたくなった。肝心の<俊蔭>巻の内容は王朝版少年漫画のようで、冒険あり奇跡あり親子の情あり恋ありで大層面白かった。続きが気になるけど、このレーベルにはないのかな。

絵本 宇津保物語
講談社学術文庫「宇津保物語・俊蔭全訳注」に向けて予習のために借りてきた。あらかじめ英文で書かれた文章をさらに日本語訳し適宜改変を加えたもので、不自然さはないものの古典の持つ言葉の味わいはほとんどなく、粗筋だけを追ったかたち。けれど和紙や千代紙の切り貼りや水墨で描かれた、魅惑の琴をめぐる年代記は愛らしく力強く見応えがあり、予習としては贅沢に楽しめてよかった。筆で描いた引き目鉤鼻の風情を残しつつ、幼げなまるさにデフォルメした絵柄は適度にコミカルで、英語圏の人たちにも受けが良さそう。

紫式部日記 (笠間文庫―原文&現代語訳シリーズ)
見開き右側の偶数ページに原文、左側の奇数ページに現代語訳、下部欄外に注釈という構成が独特で、ページを跨ぐとき戸惑う。私は慣れもあり、現代語訳→原文の順で読んだ。巻末の解説は難解。本作については和泉式部や清少納言への批判の噂しか知らなかったので、作者の紫式部には癖のある人物像を想定していた。けれど本書を読んだ限りでは、良識的で控えめでやや内向的なごく当たり前の女性、という感触を持った。少なくとも和泉式部ほど恋艶めいてはおらず、清少納言ほど毒や棘を大っぴらにはしない。あの自筆の大作への言及も僅かで驚いた。

東海道四谷怪談 (歌舞伎オン・ステージ)
興味を持ちつつも敷居の高さを感じ、手を出せなかったものの一つ、歌舞伎および狂言(他には能、浄瑠璃)。筋を知っているお岩さんの話ならばと手にしたところ、思いがけず序盤で苦戦。本文はキレの良い語調が楽しくサクサク読めたものの、やはり私に子ども絡みの理不尽は鬼門のようです。産婦のお岩や産まれたばかりの赤子に対する伊右衛門の所業に胸が悪くなり、ページを繰る手が進まない。表で進行する討ち入りとの絡みや、歌舞伎ならではの演出の面白さなど、見るべきものは他にいくらでもあるのに頭に入らない。後日冷静に再読したいです。
お岩とお袖には、仇討ちを夫任せにせず自力で何とかしてほしいと、不毛な苛立ちを覚えてしまった。合理化された現代感覚で物を言っても始まらないけれど、せめてそうすれば避けられた悲劇があったのではないかと思えてならない。
このアクロバティックな大仕掛けの数々、読んでいてもわくわくしちゃう。聖の忠臣蔵と俗の四谷怪談が同時進行で絡みあう大舞台、観客席の熱気が目に見えるよう。「仮名手本忠臣蔵」も読んでみたい。

梁塵秘抄の世界 中世を映す歌謡 (角川選書)
愛読書の一つ、荻原規子「風神秘抄」のためにいつか読もうと思っていた。原典に触れて驚いたのは、「風神」のファンタジー要素が根のないものでは決してなかったということ。本書のⅡ第2章「信仰の世界」で語られるのは、今様を愛した人々がそれにどれだけの祈りを込めていたかということ。生きるための殺生を罪と捉え、地獄行きを念頭に置いた上での、地蔵菩薩への信仰と提婆達多への親和。道を究めることは悟りへと通ずると信じた彼らと、そこに舞い降りたいくつかの奇跡。それをファンタジーと呼ぶのはとてつもなく失礼なのだろうけれど。
参照文献は幅広く、比較の面白さを感じた。誤読を恐れる慎重な書きぶりにも好感が持てる。著者の持論も無理な飛躍はなく、どれも納得できた。仏教についてはある程度の前知識があったほうが解り良いと思う。私は浅薄な理解しか出来ていないだろうな。けれど本書の魅力の第一は、そうした些末事はさて置き、今様の持つおおらかさや軽みの楽しさ、込められた祈りの真摯な態度を読みとることへの丁寧な案内にあると思う。聖俗あいまったふしぎな魅力にまだまだ触れてみたい。

恋うた―和泉式部日記
現代語訳のみ。時折り入る原文にないカタカナ言葉も摩擦なく読めて驚いた。和泉式部は恋多き女人だと聞く。子も成した夫と別れ、恋人となった為尊親王を亡くし、その面影を弟宮の敦道親王に重ねながら、仏教に救いを求めて寺に籠る。風評に傷つき恋人からも誤解を受け、さまよう心は昇華されて歌になる。こうなるともう、恋は歌人としての和泉式部に与えられた試練のようである。本書で歌われるのは敦道親王との出会いから彼の邸に招かれるまで。このあと敦道親王にまで先立たれ、宮仕えのあと再婚、歌才を受け継いだ愛娘の逆縁に遭う。凄い人生だ。
文章は素直で本の造りも読みやすい良書、なのに表装だけがとても残念。失礼ながら、安っぽい携帯小説の表紙のようです。もっと他になかったのかしら。

おちくぼ姫 (角川文庫)
楽しくてあっという間に読んでしまった。児童書なみに平易な文章、キャラは立ってるし転回は軽快、意地悪く言えばご都合主義でベタだけど、良く言えば痒いところに手が届く気持ちのよい物語。あとがきによれば人物像など適宜田辺さんの脚色があるようで、私が惹かれた面白の駒が原文ではどんな殿方なのか気になるところ。純真で心優しいおちくぼの君は嫌いではないけれど、自力でばりばり現状打破していく阿漕の溌剌さにはやっぱり敵わない。千年前の王朝少女たちがどう読んでいたのか聞いてみたい。

今昔まんだら (角川文庫)
文化出版社刊「うたかた絵双紙」の文庫版。岡田嘉夫さんの華麗な挿画がめあてだったけど、お話もたいそう面白くてあっという間に読んでしまった。今昔物語集、日本霊異記、御伽草子、宇治拾遺物語、さまざまな説話集からこれぞという魅力的な物語を拾い上げる。ときに愉快にときに哀切に、けれどいずれも美しく思い入れたっぷりと語る田辺さんの筆は、本当にいきいきしていて魅了される。岡田さんの描くものは天竺・震旦の男女も、情熱的かつどこか滑稽で愛おしい。絵巻物を少しずつ広げていくような装丁も心にくい。「獅子と母子」「死児に逢いに」「忠猫ぶち公」「鳥辺野にて」どれも捨てがたいけど、一寸法師の小気味よい原点「小男の草子」がお気に入り。

今昔物語絵双紙
なんて贅沢な1冊!田辺訳文のたおやかさ、岡田嘉夫挿画の愛嬌ある美しさ、今昔物語集そのものが持つ説話の面白さにも増して堪能させて頂きました。さりげに装丁も良いお仕事をしている、ため息が出るほど素敵な本。各話の前後に入る語り部自身のパートはおそらく田辺さんの脚色なのだろうけど、女房連や侍衆の輪に読み手の私も加えてもらえたようで楽しくなる。古典原文やまとことばのみやびやかな魅力を損なわない田辺さんの現代語訳は、いつまでも読んでいたくなる心地よさ。お話としては、一人相撲がやるせない「捨てられた妻」が印象的でした。

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