荻原規子 源氏物語

荻原規子訳、理論社より刊行、児童書。
紫の上と浮舟に軸を絞り、長大な源氏物語をコンパクトにまとめる。
短歌は原文なしの意訳のみなので、そこは要注意。訳文は長々しい敬語を略し、長文は適宜分割されているので、読みやすい。

源氏物語 紫の結び(1)
敬愛する荻原さんの筆をもってしてもやはり光の君はどうしようもなく気持ち悪く、欠片も共感できない。多情なら多情で振り返らなければ遊ばれる方も諦めがつくだろうに、妙にアフターサービスのいい色魔っぷりに辟易する。とはいえ文章そのものは美しく、とりどりの女人もみな魅力的で雰囲気はかなりいい感じ。短歌まで原文なしの訳文で通すのは、読み慣れるまでやはり戸惑ったけれど、世界観を損なうほどではない。これでついでに光の君への天井知らずの美辞麗句をいくらか抑えてもらえれば、もっとすんなり読めるのに。

源氏物語 紫の結び〈2〉
相変わらず光の君にムカムカしながら読み進める。学生の頃に「あさきゆめみし」を読んだ時はここまでの嫌悪感はなかったのにな。宮人の日常や宮廷の行事、着物や調度品のこまやかな描写は画で見たくなる美しさだし、ちょっとしたことを歌に読む和製ミュージカルっぷりも、口さがない女房たちの活気あるエキストラっぷりもつくづく楽しい。いっそ各帖で主人公が変わるオムニバス形式にしてくれた方が素直に読めたかも。とはいえ物語は徐々に光の君から夕霧世代へと主役の移行が進んでいて、アンチ光派にはうきうきする展開へ。次巻へ進みます。

源氏物語 紫の結び〈3〉
紫の上の最期には複雑な思いがする。人ひとりの一生に幸不幸で割りきれる決算なんて存在しないんだろうけど、終わりの時に自分の人生これでよしと納得できたのかな。底の浅いフェミニズム発言はしたくないしそもそも多くは時代のせいなのだろうけど、あまりに受動的で振り回されるだけの女性たちが悲しい。そして光の君の出家は結局するする詐欺に終わったのかどうなのか。世が世なら阿部定どころではすまされない。荻原さんの仰る光の君像はたしかに納得できるけど、それでもなお残る嫌悪感を再確認してしまう読書でした。

源氏物語 宇治の結び(上)
「紫の結び」同様、厭きずに読み通すことを目的とした訳。短歌は訳文のみ、敬語は簡略化、長文は適宜分割。一見乱暴とも思えるが、読んでみると古典の豊かな婉曲表現や、大和言葉の音律の美しさを充分に味わえることがわかる。宇治十帖は粗筋を抑えている程度で、やはり光の君不在ではと躊躇していたが、読み始めると大変に面白くて驚いた。下心はあるくせに据え膳食わない薫中納言も、内省ばかりで肥大した自意識に自縄自縛される大の君も、登場人物が少ない分それぞれの心情がより深くまで描き出され、読み応えがある。

源氏物語 宇治の結び(下)
亡き大君の身代わりに求めてきた薫より、たとえ刹那的な情熱であれ自分自身を求めてきた匂宮の方に、浮舟がより惹かれたのは当然だろう。そう考えたとき、そもそも幼い紫の上を見初めた光の君も、そこに藤壺を重ねて見ていたことを思い出す。大君をとり殺した物怪と浮舟を救い出した霊、そのどちらかに彼の君の影を見ることはたやすい。けれどそもそも女人たちに不毛な恋を仕掛け、物怪を誘い込む憂愁の闇に落とし込んだのは、薫の優柔不断であり匂宮の身勝手である。

コメント

人気の投稿